「電気が使えない世界」を映画はどう描くのか
「サバイバルファミリー」矢口史靖監督に聞く
疑問に答えられるよう徹底的に調査
実際に電気が使えなくなるとどういった影響が出るか、綿密にリサーチしたという
©2017フジテレビジョン
やはりライフラインがどこまで止まるのだろうということが、一番興味深かったです。そこは家族が東京を離れる理由にもなる部分なので、詳しく話を聞いています。話すと長くなりますが(笑)、そもそもガス自体は止まらないそうです。ガスのマイコンメーターは電池式で、地震の時に揺れたらガスをシャットアウトするという機能が付いています。しかし、メーターの電池は切れる前に必ず交換をするものなので、ガス会社の人も電池が機能しなくなったときどうなるかは「私たちもわからない」というのが答えでした。
でも、なぜ劇中でガスを止めたかというと、ガス会社の人たちが、「今回の映画の設定だったら大元の栓を止めに行きます」と言ったからです。たとえば高層マンションの場合、各家庭にメーターが付いていますが、その元栓は電気式です。もしそれが使えなくなると、ガスは空気より軽いので、高いところに溜まってしまう。下の階層ほどガスが使えなくなる一方、上の階層の人がガスコンロを開いた時にはすごい勢いでガスが出て、火事になる可能性がある。
ガス会社の人も「そういう事故がないように一番の大元を全部閉めに行きます」と。それを細かく描写すると長くなるので、映画の中には具体的には出していません。でもそういうような、いちいち全部どうなるのだろう? ということを突き詰めていって、漏れがないように調査はかなりやりました。
その調査をしていくうちに「えっ? そんなこともあるんですか?」ということが出てくる。さっきのバードパトロールの話も「えっ、鳥を撃つ人がいるんですか?」といった発見がありました。本来、ストーリーと関係ないように思っていたことが、一番重要な要素になることもあります。切り捨てる話もありますが、うまく入ると物語に厚みが出ますね。経験上、調査をせずに思いつきで書くのは、もったいないと思っています。
――今までの矢口作品は、「コメディー」というイメージが強かったと思いますが、この映画は笑えるところがたくさんありつつも、サバイバルという題材もあり、全体的な印象はハードな物語にも見えます。矢口監督的にも新境地といった感じだったのですが。
もちろん題材ごとに描き方が変わるので、ここから「僕はもうシリアスにしか行きません」ということはありません。きっとまた、あっけらかんとしたコメディーを作るでしょうし。題材ごとにやり方を変えていくと思います。
近年はCGや合成の技術がどんどんと上がってきているので、スタッフも台本読んだ時に、ここは合成にすればいい、ここはCGで、ここはスタジオで撮ればいい、というのが読めるようになってきている。それはスタッフだけでなく、観客もそうだと思います。そうすると緊張感がなくなってしまう。スケールの大きな映像だけど、「本当はやってないな」と思われる。物語は理解できても、本当にあることだとは思ってもらえない。どこかで冷めてしまう気がしたので、「この映画でそれはやりたくない」と宣言しました。スタッフは慌てていましたね。
矢口史靖(やぐち・しのぶ)/1967年生まれ。大学で自主映画を撮り始め、1993年に『裸足のピクニック』で劇場監督デビュー。オリジナル脚本をもとに絵コンテを描いて撮影するという独自のスタイルで、常にユニークな題材に挑み、ユーモアと感動にあふれる作品を生み出している。代表作に『ウォーターボーイズ』(2001年)、『スウィングガールズ』(2004年)、『ハッピーフライト』(2008年)、『ロボジー』(2012年)、『WOOD
JOB!~神去なあなあ日常~』(2014年)など (撮影:大澤誠)
(転載はここまで)
「サバイバルファミリー」矢口史靖監督に聞く
疑問に答えられるよう徹底的に調査
実際に電気が使えなくなるとどういった影響が出るか、綿密にリサーチしたという
©2017フジテレビジョン
――電気が使えないことでそれがガス、水道へと波及していくという描写は驚きでした。
やはりライフラインがどこまで止まるのだろうということが、一番興味深かったです。そこは家族が東京を離れる理由にもなる部分なので、詳しく話を聞いています。話すと長くなりますが(笑)、そもそもガス自体は止まらないそうです。ガスのマイコンメーターは電池式で、地震の時に揺れたらガスをシャットアウトするという機能が付いています。しかし、メーターの電池は切れる前に必ず交換をするものなので、ガス会社の人も電池が機能しなくなったときどうなるかは「私たちもわからない」というのが答えでした。
でも、なぜ劇中でガスを止めたかというと、ガス会社の人たちが、「今回の映画の設定だったら大元の栓を止めに行きます」と言ったからです。たとえば高層マンションの場合、各家庭にメーターが付いていますが、その元栓は電気式です。もしそれが使えなくなると、ガスは空気より軽いので、高いところに溜まってしまう。下の階層ほどガスが使えなくなる一方、上の階層の人がガスコンロを開いた時にはすごい勢いでガスが出て、火事になる可能性がある。
ガス会社の人も「そういう事故がないように一番の大元を全部閉めに行きます」と。それを細かく描写すると長くなるので、映画の中には具体的には出していません。でもそういうような、いちいち全部どうなるのだろう? ということを突き詰めていって、漏れがないように調査はかなりやりました。
――『ハッピーフライト』では、空港にいる鳥を銃で追い払うバードパトロールの人が物語のキーマンになっていました。取材では、そういった物語に使えそうなエピソードを探し求めるということはあるのでしょうか。
今回の作品は誰も体験したことがないので、聞ける相手はいません。どちらかと言うと、観客に「あれはあんな風になるわけがないだろ」と言われたら、「それはこうだから」と答えられるように気をつけました。撮影の時にも、俳優さんやスタッフに、「脚本書いたのは監督だよね、なぜこうなるの?」と尋ねられたら、「これはこういう理由だから」と答えられるようにしている。モジモジしていたら現場は進まない。リアルをちゃんと知っておきたきたいので、その都度調査をしています。
その調査をしていくうちに「えっ? そんなこともあるんですか?」ということが出てくる。さっきのバードパトロールの話も「えっ、鳥を撃つ人がいるんですか?」といった発見がありました。本来、ストーリーと関係ないように思っていたことが、一番重要な要素になることもあります。切り捨てる話もありますが、うまく入ると物語に厚みが出ますね。経験上、調査をせずに思いつきで書くのは、もったいないと思っています。
――今までの矢口作品は、「コメディー」というイメージが強かったと思いますが、この映画は笑えるところがたくさんありつつも、サバイバルという題材もあり、全体的な印象はハードな物語にも見えます。矢口監督的にも新境地といった感じだったのですが。
もちろん題材ごとに描き方が変わるので、ここから「僕はもうシリアスにしか行きません」ということはありません。きっとまた、あっけらかんとしたコメディーを作るでしょうし。題材ごとにやり方を変えていくと思います。
今回はオールロケにこだわった
――この映画では、無人の街や高速道路が登場してきます。普段、なかなか観られないような景色が映し出されていますが、これはいろいろなところの協力体制がないと撮影できないのではないかと思うのですが。
そうですね。本当に各地域の方の協力なしには、絶対に撮れない映像ばかりでした。脚本を見てスタッフや俳優さんは、「このシーンは合成だろう。スタジオにグリーンバックを立てて、あとはCGで何か作ることになるだろう」といった想像をすると思います。実際、高速道路を撮る際、スタッフから「どこまでセットにしますか?」と聞かれましたが、「セットはありません。全部ロケでやります。(撮影場所を)探してください」とお願いすると、とても驚かれる。そこからスタッフの苦労の旅が始まるわけです(笑)。
――東京の街中のシーンはどのように撮影したのでしょうか。
実際、東京の街中を撮影したくても、撮影できない場所がほとんどです。ですから物語前半の東京や川崎といった都市のシーンの多くは、仙台で撮りました。仙台はフィルム・コミッションがものすごく充実していて、行動力があるんです。環八のシーンも仙台で撮りました。
――矢口監督の過去作ですと、ミニチュアなどを使って「明らかに作りものですよ」というようなチープな部分を面白がるみたいなところがあったと思うのですが、今回の作品は真逆というか、リアル志向になっているように思います。
表現の仕方は題材によりけりだと思います。「あっけらかんと笑うしかないでしょ!」ということが許される映画と、そうじゃない映画というのはあると思います。この映画にはミニチュアも、CG合成もやらないほうがいいという判断になりました。今回はこの家族の姿をドキュメンタリーのように追いかけていく話なので、観客に「本当にこうなったらどうしよう」と切迫した思いになってもらいたい。だから「なんちゃって」みたいな笑いはやるべきではないと思ったので、オールロケにこだわりました。
近年はCGや合成の技術がどんどんと上がってきているので、スタッフも台本読んだ時に、ここは合成にすればいい、ここはCGで、ここはスタジオで撮ればいい、というのが読めるようになってきている。それはスタッフだけでなく、観客もそうだと思います。そうすると緊張感がなくなってしまう。スケールの大きな映像だけど、「本当はやってないな」と思われる。物語は理解できても、本当にあることだとは思ってもらえない。どこかで冷めてしまう気がしたので、「この映画でそれはやりたくない」と宣言しました。スタッフは慌てていましたね。
――本当にそんな場所があるのかということですね。
でも、よくぞ見つけてきてくれたという場所が各地にあった。でもいざ、クランクインしてみると今度は俳優さんたちが面食らっていた。毎日毎日、車に揺られて着いた先にはちゃんと高速道路がありますし、自転車にも乗らないと行けない。本物の豚だって捕まえなきゃならない。「川を渡る」と台本にあったら、本当の川に連れていかれて、渡らないといけない。本当のサバイバルみたいなことを俳優さんたちにもさせてしまったので、かなり大変だったと思います。その甲斐あってああいう映像が撮ることができました。そして、誰も怪我せずに撮影を終わらせることができたのは良かったです。
高速道路を通行止めにして撮影
――無人の高速道路のシーンというのも驚かされます。
あれは朝8時から16時まで通行止めにして撮影をしました。16時を超えると車が走ってきてしまうので。安全確認をしながら撮影を進めました。そういう各地域に住んでいらっしゃる方たちの日常の隙間をお借りして撮影を進めています。ハリウッドみたいに「このビル、全部爆破していいですよ」みたいなことは日本ではありえませんからね。
――矢口監督の映画では、今までもナット・キング・コールの「LOVE」や、フランク・シナトラの「カム・フライ・ウィズ・ミー」など、印象的な曲が使われてきました。そして今回もスティーブン・フォスターの「Hard Times Come Again No More」をSHANTIさんが歌っています。音楽へのこだわりというのはあるのでしょうか。
そうですね。やはり昔と違って、映画って公開したあともDVDとかいろんな形になって繰り返し観てもらえます。何年経っても「この映画にはこの曲がピッタリだよね」という音楽を付けたいという気持ちは一貫してあります。有名な人が歌うかどうかということよりも、映画に合った曲かどうか、という視点だけで選んでいます。
――最後に。こうした大停電が起きて、サバイバルをする場面に直面した時、矢口監督は何が重要だと考えますか。
やはりポジティブシンキングですかね。「もうあかん」と思ったら、恐らく心も体もどんどんダメになるのでは思います。鈴木一家は旅の途中で、時任三郎さんや藤原紀香さんらが演じる斎藤一家に会います。鈴木一家はどん底まで落ち込んでいますが、斎藤一家は「全然楽しいじゃない」と言って、この状況を楽しんでいます。この生命力の差って結構大きいと思いますよ。ですから、まずは生き延びるために前向きに考えることが大事だと思っています。
(転載はここまで)